スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016.09.30

夜の3時過ぎに寝て、朝7時50分のアラームで起きました。
久々にアラームをかけてみましたが、ちゃんと音に気付いて起きられました。
今日は朝から母を病院に連れていかないとだったので、時間を決めて起きたのです。

母が病院に行っている間、私はミスドで待機していました。
スヌーピーのドーナツを頼まれていたのですが、それが置いていなくて違った季節限定ものを持ち帰り用に購入しました。
店内で食べる用のドーナツとアイスカフェオレを買い、しばらく待機していました。
アイスカフェオレは挽きたてコーヒーとかではなかったけれど結構おいしかったです。

そんなに待たないうちに母から連絡が入り、ミスドを出て病院に向かいました。
お店を出る時にはスヌーピーのドーナツが陳列されていました。
しかしこれも運命と諦めて、スヌーピーは後日購入することにしました。

母をそのまま母のパート先に送りました。
そしてスーパーの開店時間ぐらいにスーパーに行ける時間だったので、そのままスーパーに。
ローストビーフが作りたかったので牛のブロック肉を買おうと思ったのです。
しかしそこには置いてなくて、スーパーの中のお肉屋さんにブロック肉があるかどうか聞きました。
もも肉で山形牛ならありますと。
100gで800円以上でした。
ちょっと試しに作るには高すぎると思い、そこはお断りしました。

別のスーパーに行くとオージービーフの牛ももブロック肉がありました。
ローストビーフ用とも書いてあったのでちょうど良かったです。
帰宅してさっそく調理に取りかかりました。
作り方はそんなに難しくなかったのですが、もう少し熱をかけても良かったかなと思いました。
ソースも自分で作りました。
母にはお肉よりソースを褒められました。

朝にドーナツを食べてお腹は空いていなかったので、ローストビーフを端っこと真ん中らへんの合計4枚を味見で食べて昼食はそれだけにしました。
それからテレビを観ながら過ごしました。
途中で洗濯物を取り込んで母が仕事から帰ってくるのを待ちました。
自宅でゴロゴロしながら過ごしていないなんて珍しいことです。
母が帰ってくる頃には空腹になっていて、母とローストビーフを3枚ずつぐらい食べました。

その後また少しテレビを観ていたのですが、眠たくなってきたので入浴することにしました。
入浴が終わって部屋でのんびりゴロゴロしていると、また睡魔がやってきました。
寝ないようにコンビニに出かけてきました。
帰ってくると夕食がもうすぐできあがるぐらいだったので起きて待機していました。
そして夕食を済ませて軽くウトウトしながら今に至ります。
スポンサーサイト

自分はまだ大したことない

仕事に行くのが辛い。
休みたい。
そんな風に思ってうつがひどくなってきたかな?と思うとうつについて調べたりしていました。
すると、自分はまだまだ大丈夫なんじゃないか。
もっともっと辛い人たちがたくさんいる。
私なんてただ我慢が足りなくて甘えてるだけではないかと思っていました。

そんな風でしたから、無理してでも会社に行ってました。
行ってみると意外と仕事がこなせてしまったりする。
やっぱり私はただ怠けていただけなんだ。
そんなことが何度も何度も続きました。

しかし仕事でのミスも増えてきて、ミスを挽回するために頑張らなきゃと気持ちは頑張ろうと積極的になっていました。
それでもやはり無理していたのでしょう。
体は拒絶反応をおこすようになりました。
吐き気だったりふらつきだったり動悸だったりいろいろ。
それでも動けるうちはなんでもやりました。
私はまだそこまでひどい状況じゃないんだからと。

最終的にどうなったか。
仕事を続けることが無理だと判断せざるを得なくなりました。
家族や友人からも早く辞めた方がいいと言われるようになりました。

今考えると許容範囲が人それぞれというのもありますが、私は早めに気付けるタイプだったんだと思います。
もしかしたら生命力が強いのかもしれません。
生きることに執着があるわけではないですが、本能が早めにこれ以上はダメだと教えてくれたのかもしれません。

ネットなどでは自分よりも明らかに大変な方がたくさん見られます。
しかし、自分がその域に近付くまで我慢する必要はないのです。
自分が辛いと思ったら、体に異常が出るぐらいになってしまったのなら、周りと比べずに逃げてしまいましょう。
比べる相手を変えてみてみれば、自分よりも明らかに元気な人と同じ壇上で闘おうと無理してるんですから。

少しは休んでみてもいいのではないか。
それからもう一度判断したらいい。
それであっ、甘えだったと思うようなら次はもう少し頑張ったらいい。
やっぱり無理してたんだと気付いたのなら、しっかり休んだらいい。
大事なことは人と比べることではないのですから。

ローストビーフが作ってみたい

父方の親戚同士で年に2回集まりがあります。
そこではたくさんの食事が出るのですが、その中に何年か前からローストビーフが出るようになりました。
前日に伯父が一生懸命作っているらしいです。

伯父は父の姉の旦那さんなので私たち姉弟とは血の繋がりはありません。
それでも私たちは小さい時から可愛がってもらっていました。
特に弟が可愛がられていて、弟自身はちょっとウザがっていました。

そして伯父に前回の今年の年始の集まりの時に、いつもローストビーフおいしくて楽しみにしている。
次もまた楽しみにしているというようなことを伝えました。
伯父は見るからに喜んだ表情をしてくれて、また作るねと言ってくれました。

そんな伯父が今年の梅雨頃に膝を怪我して入院しました。
私はもう仕事を辞めていたので、父と2人でお見舞いに行きました。
伯父は私がお見舞いに行ったことが意外だったみたいです。
お見舞いにお菓子を持って行ったのですが、それを寒川神社で買いました。
というのも、入院を聞く少し前に寒川神社でなんとなくおみくじを引いたら大大吉というものだったので縁起がいいと思ったのです。
そのことを伯父に伝えて渡しました。
物は寒川饅頭で、つぶあんとこしあんがあったうちのつぶあんにしたのです。
特に根拠はないけど、父親世代の男性はつぶあん派が多い気がしたので。
そして憶測通り伯父もつぶあん派でした。

入院中は食事に制限があって食べられなかったみたいですが、退院してから食べてくれたみたいです。
賞味期限の長いのにしておいてよかったです。
退院の報告の電話でおまんじゅうも美味しかったと言ってくれたみたいです。

そして先日の集まりの時。
ローストビーフはしっかりありました。
今回はいつもとソースが違って、いつもよりブルーベリーのようなフルーティーさを感じました。
伯父が途中で私の様子を見に来たから、ローストビーフが美味しいということと同時にソースを変えたか聞きました。
すると今回は大人のソースにしたということで、もしかしたら赤ワインでフルーティーになっているのかなと思いました。
そして私以外は誰もソースが変わっていることに気付かなかったみたいです。

伯父は今回のローストビーフの工夫した点などを話してくれました。
今回は湯煎で15分にしてみたとか。
前回が何分だかわからないけど、いろいろやってみたことは伝わりました。
そして話を聞くうちに、私も作ってみたくなりました。

伯父はまた元の席に戻ったのですが、お酒を飲んで眠くなったらしくてわざわざ私のところにもう寝るねと言いに来ました。
親戚は他にもいっぱいいるのに私にだけ。
ずいぶんと気に入っていただけたようです。

誰かの話に耳を傾けてみると興味の持てることがふと見つかったりするのかもしれないですね。
なるべく多くの人と話してみたいなという気になりました。

2016.09-.29

昨日は日付が変わる前に寝て、今朝は8時過ぎに起きました。
今日は祖母の家に行こうかなんて母と話していたのですが、体が怠くて最近夜に熱っぽいと思って体温を計ると37.0℃と平熱の35.5℃よりもだいぶ高い値になっているのでやめることにしました。
なぜか肩から肩甲骨の下部ぐらいの高さまでが痛かったのです。

少し時間が経つと調子も良くなってきたので母をお出かけに連れていき、私1人家に帰りました。
1時間ぐらいゴロゴロしていたのですが、お腹が空いてきたので食材を買いに。
帰ってきて食事を作りました。
今日は麻婆きのことひじきの煮物です。
お昼には麻婆きのことご飯だけでいいやと思っていて、ひじきの煮物は食べ終わってから作ろうと思っていました。
しかし調理法を見ると、同時進行で作れそうだったので2ついっぺんに作りました。
ひじきの煮物は母の小腹が空いた時のおにぎり用です。
ご飯に混ぜ込んでひじきご飯のおにぎりにするのです。
冷凍で3週間程保存が可能です。

父が今日は家にいたのですが、私が作り始めるのが11時半で父が食べる時間には間に合わなそうだったので父のお昼には出しませんでした。
片付けまで全部終わったのが12時25分でそんなに遅くはならなかったのですが、もっとかかると思っていたので。
そしてその時間にはもう父は昼食を済ませていました。
お昼ご飯はご飯と麻婆きのこと味見も兼ねてひじきの煮物も食べました。
私は自分で作ったご飯が好きなので、美味しく食べられました。
きっとオレンジページのレシピが優秀なのでしょう。

食後しばらく家にいたのですが、17時には母を迎えに行かないといけなかったので寝ないようにお気に入りの喫茶店に行きました。
そこでお迎えの時間まで時間を潰していました。

母を迎えに行き、高座豚のお店に行きました。
母はトンカツが食べたかったみたいです。
家に帰って夕食でロースカツを食べました。
昨日のサービスエリアで食べたカツと食べ比べです。
昨日と同じくさっぱりめのお肉だったのですが、脂身の甘みやジューシーさは今日の方が勝っていました。

そして夕食にお昼の残りの麻婆きのこを出しました。
父にはひじきの煮物を少し取り分けておかずに出しました。
父はひじきの煮物は自分用に出されたから食べたのですが、麻婆きのこは全く手をつけませんでした。
いつも私が作るものは喜んで食べるのに、機嫌が悪かったみたいです。
母に私がお昼に間に合わなくて出さなかったからかなと聞いたのですが、母の見解では母が遊びに出かけたからではないかとのことです。
私は母に言いました。
私が体調悪くて祖母の家に行けなくて母の時間を余らせてしまったから私が悪いのに、母が責められるのはおかしいと。
でも母は私のことは悪くないと言ってくれました。
どんな理由であれ、気分の善し悪しをそういう所でむき出しにする父には昔から腹が立ちます。
それで家族みんなが気を遣わないといけないわけですから。
父は周りがそれだけ気にしていることを気付いていないんでしょうね。

夕食の後はコーヒーを飲んだりテレビを観たりして、キリのいいところで入浴しました。
そして今はのんびりです。
23時からはテレビでかっぱ寿司が特集されるみたいなのでそれを観てから寝ようと思います。

平和教育

日本は唯一の被爆国。
そのため原爆の被害についての教育をたくさん受けてきました。

小学4年生ぐらいから始まったと思います。
白黒の原爆投下の映像を見せられるとともに、こんな事がありましたよといったのが最初だったと思います。
正直あんまりピンと来なかったのを覚えています。
それから小学生の間にいろんな映像を見せられました。
戦時中の生活を題材にした映画とか、一番印象に残っているのはアウシュヴィッツのガス室でのユダヤ人の虐殺でした。

小学生の間に4本ぐらいの戦争映画を見せられました。
内容はだいたい同じ。
3本目ぐらいからはうんざりしていました。

それから中学に上がってからも平和教育に力を入れる学年に当たってしまいました。
そして平和スピーチなるものをやらされるのですが。
それが3年間毎年。
本当にうんざりで腹が立ちました。
なぜここまで腹が立つのか。

平和スピーチのための資料を先生に配られました。
その内容は原爆についてのものだけ。
先生も学年の先生の中の誰か1人が資料作りを押し付けられたんだろうなといった印象の資料。
2年目以降は何も配られませんでした。
平和スピーチは人権などを扱ってもいいのですが、やる気がないので資料から適当にネタを探して書きました。
受験を控えた3年生。
まさかこの年まで平和スピーチをやるとは思わなかった私はブチ切れ。
平和スピーチに対するスピーチを10分ぐらいで書き殴りました。

そして一つの事に気が付きました。
私が受けた平和教育の無意味さ。
ストーリーがないのです。
桃太郎でいうと、いきなり桃太郎が鬼退治をしているところから話が始まる感じです。
そして桃太郎は鬼を退治しましたとさ。
こんなの関心がもてますか?
それで思ったのです。
先生達も実はよく分かっていないのではないかと。
だから関心を持たせられるような説明が、教育ができない。
平和教育をやりましたという実績が欲しいだけ。
そんなふうに思いました。

日本は唯一の被爆国。
被害は相当なもので戦時中から戦後もなお苦しんでいる方がいらっしゃいます。
そういう方を否定する訳ではありません。
平和教育のやり方にはうんざりですが、事実そのものはあってはならないこと、繰り返されてはならない事だと思います。

唯一の被爆国なら、それなりのしっかりした教育が必要だと思います。
そうでなければ、何も伝わらずに終わってしまうのですから。

2016.09.28

朝の4時まで寝付けずに、本を読んでそれからしばらくは何もしないで横になって目を閉じていました。
すると前の会社でのいろんな出来事が思い出され、だんだん腹が立ってきました。
いつの間にか眠っていて、起きた頃には怒りは収まっていました。

9時15分頃に起きて、9時半に家を出ました。
いいお天気だし神無月の前だしと、寒川神社にお参りに行きました。
私のお願いごとは特になかったので、他の人のことをお願いしてきました。
寒川神社から家に帰る途中の道を少しそれた場所にモキチベーカリーというパン屋さんがあります。
熊澤酒造というところのビール製造工程で採れるビール酵母を利用したパンらしいです。
一度食べたことがあるのですが、何を食べたかは覚えていなくてただおいしかったなという記憶でした。
いつも神社に行く時間はもっと早いので帰り道の時間にはまだお店はあいてないのですが、今日は空いてる時間だったので久しぶりに行くことにしました。

私は今日の食事の予定が15時すぎに少しのご飯と夜に普通の食事だったので、朝食はがっつり食べすぎないように小さめのパンを探しました。
するとキャラメルチップミルクパンなるものを発見。
キャラメルが練りこんであるのではなくてチップなのは珍しいと思い、迷うことなくこれに決めました。
大きさも小ぶりでちょうど良かったのです。
その他父には夏野菜の入ったカルツォーネのパン、母にはマロンのデニッシュを買って帰りました。

11時頃帰宅し、さっそくキャラメルのパンを頬張りました。
キャラメルの食感は周りのカリッと焼けた2、3粒以外はパンに馴染んだ感じでしたが、ほんのりミルクの甘味とフワフワ食感のパンでとてもおいしかったです。

それからは寝ないようにテレビを観たりして起きていました。
というのも、母がお昼ご飯抜きで15時過ぎまでお仕事なので小腹が空いた用におにぎりを作る予定だったからです。
途中でコーヒーを入れたりなんかして、テレビを観ながら頑張って起きていました。
途中ウトウトしていましたが、テレビで流れてた都知事の所信表明演説の中のcityの発音が気になってしまい目覚めました。

15時前にさっそくおにぎりの準備です。
今日はガリバタおにぎりを作りました。
温かいご飯にチューブのすりおろしにんにくとバター、醤油を加えて混ぜ、おにぎりの形にしただけの簡単なものです。
150gのご飯から2つ作って私と母親で1つずつにしました。

16時頃に母が帰ってきて、一緒におにぎりを食べました。
にんにくが結構きいていましたが、バターの風味やお醤油の香り、塩味がいい感じに相まってなかなかでした。
その後母親を母親が行きたい場所に連れていき、用が済むまで近くのコメダで待機。
最近常連になりつつあります。

それから母を迎えに行って、夕食に。
今日は父が飲み会だったので、夕食が母と2人だったのです。
なので母のリクエストに応えて海老名サービスエリア上りのフードコートへ。
そこで私は高座豚のカツカレーを食べました。
お値段1200円で確かにカツは美味しいのですが、カレー自体は絶賛するほどではなかったです。
昔懐かしい感じの美味しさではあり、おいしいにはおいしいんですけどね。
カツは注文してから揚げてくれるので揚げたてで、高座豚という神奈川のブランド豚なだけあって、こちらはなかなかおいしいです。
少しさっぱりめのお肉に甘い脂身が良かったです。
食後のデザートにいでぼくのソフトクリームを食べてから帰り、入浴して今に至ります。

ムカつくのは自分のせい

最近夜眠れないでいると、いろんな腹立たしいことを思い出したりしてしまいます。
これは私がずっと我慢して怒りとして認識していなかったことを、はっきりとあれはないわと素直に思えるようになったからです。
それと同時に、そんな腹立たしい環境になぜなってしまったのかと考えてみました。
恐らくですが、私がぞんざいに扱われても当然となるような態度を示していたからだと思います。
コイツならいいだろうといった感じで舐められていたのだと思います。
そう思わせるように接してしまったのは私のせいです。
もっと自分に自信が持てて、少しでも要求を伝えたりできたのならば。
過去を悔やんでも仕方のないことですが。

他人にムカつく時、その原因は相手にあるのか。
ムカつくんだから当然相手が悪い。
そう思うかもしれません。
しかし、同じ人を見てもムカつかない人もいるわけで。
ムカつくと判断しているのは自分なので、自分に原因があるのだと考えます。

どんな時にムカつくのかを考えてみました。
考えた結果、自分が本当はやりたいけどそんなことをしたらズルいと思ってるようなことを、ひょうひょうとやってのける人にムカつくのではないかと思ったのです。
そしてこちらが相手に要求することは同じような価値観をもって周りを気にして行動することです。
まず無理でしょうね。

ではどうしたらいいのか。
自分もひょうひょうとズルいことをしたらいいのではないか。
しかしながらやはり他人の目が気になる。
好き勝手になんてできない。
そんな気持ちになるでしょう。
そうなったらやっぱり我慢するしかありません。

解決策は自分が傲慢だと思われてもいいという鋼の精神をもってやりたいようにやることだと思います。
しかしまだ私にはそこまでできる気がしません。
とうぶんはその場1人で黙ってムカついておこうと思います。

思い通りに動かなかったら不満を持たれる人

私が初めて勤めた会社でのこと。
入社2年目ぐらいから先輩同士や先輩と後輩の関係が悪くなりました。
そして私が入社4年目の時のことです。
私の会社での仕事は誰でもいいけど必ず誰かにチェックしてもらわないといけない仕事がありました。
かかる時間はその内容によって変わりますが、しっかり見なければいけないので仕事の重要性は高いものでした。

私は仕事では雑用からお手伝いから進んで自分からしていました。
手伝う時でも前日には全て内容をチェックして頭の中で一度シュミレーションしながら整理をしていました。
なのでいつも必要な道具がすべて揃ってる状態にしたりできていました。
不明な点も作業前に明確にして、作業を滞りなくできるようにしていました。
自分の持っている仕事以外も常に自分1人でやるかのように完璧に頭に叩き込んでいたのです。

そして関係の悪い先輩や後輩達と私個人はいい関係を築いていました。
そして周りがギクシャクしていることを知っていたので、第三者の行うチェックをいつでも私が受け入れられるようにと考えて行動していました。

作業がある日は私もさすがにできなかったのですが、文書の作成などは残業してすべて終わらせるようにして翌日は朝から手が空くようにしていました。
みんなが帰ってからも一人残ってやっていました。
そしてみんなに第三者チェックを頼まれると、時間あるから見れますなんて涼しい顔をして言っていました。

しかし、そんな状態を続けていたら私の気分はどんどん落ちてきてうつの状態になってしまいました。
仕事に行くだけでもしんどくて、自分の持っている仕事をこなすだけで精一杯。
そしてその時私は作業をする仕事が落ち着いていたのですが、その分上司からは同じ部署だけど文書作業をするのに離れた場所にいる人と一緒にやってくれと言われた文書作業があったのでそれをやっていました。
ある程度仕上がると一緒にやっていた人にメールで文書のやり取りをしていたので、メール待ちの時は多少暇になりました。
それでもいつメールが来るかもわからないし、上司から早急にやるように言われていたのでもちろん誰かの手伝いにも回れません。
周りから見たら終始暇をしているように見えたのでしょう。
そして私は会社にいることがしんどく、自分の仕事が終わったら定時でも普通に帰っていました。

さらに家でもご近所トラブルがあったりして、いろんな本を休み時間に人のいないところに読みに行っていました。
少し難しい法律のことだったりしたので2、3冊をそれぞれ必要な場面で読みながら必死にどうにかしようと頑張っていました。

そんな時に先輩から仕事を1つ覚えないかとの提案をされました。
このときの私の精神状態で新しいことを覚えるのは無理だと思いました。
どれぐらいの期間で覚えればいいのか目安を聞くと2週間ほどでした。
やはり無理だと思いましたし、先輩の時間も取ってしまうので断わりました。
そして何より私には1つの不満がありました。
私のやっている仕事は誰も覚えてくれないのに、私ばっかり新しいことを覚えさせられる。
爆発しそうでした。

そして近い内に私は限界がきてお休みをいただきました。
その翌日、私は上司に別室に呼び出されました。
みんなからの意見が出ていると。
やる気がない。
暇ならみんなの仕事を手伝え。
資格を取ろうとして転職活動している。
会社を馬鹿にした発言をしていると。
最後のやつは全く身に覚えがなくてなんのことかわかりませんでした。
私はショックでなりませんでした。
上司に頼まれた仕事をしていたのに暇なら他の人を手伝えと言われたことには憤りを感じました。

私は常に周りにとって都合よくあるのが当たり前になっていたみたいです。
だから少しでも思い通りに動かなかったことでものすごい攻撃をされました。
私はその日いろんな感情を押し殺してみんなに謝罪のメールをし、翌日は誰よりも早く会社に行って改めて直接1人1人に謝りました。

その背後で私は転職活動をし、その事件から2週間で別の会社に内定をもらいました。
ここにいたら私は潰れる。
そう思ったからです。
もちろん円満退職です。

生産性のないこと

子供の頃、テレビゲームに熱中していることがありました。
大人になってからゲームは暇つぶし程度で、そこまで真剣に取り組むことは無くなりました。
退職して時間ができてからもゲームに没頭するのはやめようと決めていました。
ゲームで生活は豊かにならないし、飽きた時に時間の無駄だったと思うだけど考えたからです。

私にとってゲームはその程度の感覚ですが、世の中にはゲームが好きで一生懸命にやっている方もいます。
私から見るとゲームに熱中する人とアイドルなどに熱中する人は似ているような気がするんです。
それだけではなく、いわるゆオタクと言われる方々も似ている気がします。

私は正直そういう方々が羨ましいです。
自分の生活を破綻させたり他人に迷惑をかけない範囲で楽しんでいる人は本当に幸せだろうなと。
お金持ちでも熱中できるものがなければ、何かに熱中している人のような豊かな気持ちにはなかなかなれないと思うんです。
お金持ちとか関係なくても、お金を稼ぐ目的がしっかりあるし帰ってからの楽しみや休みの日の楽しみもあるし、仕事を頑張れるだろうなと思うんです。

もしかしたら熱が冷めた瞬間になんとも言えないような感覚に陥るかもしれません。
それでも私は何か好きなことに没頭できることは素晴らしいと思います。
私がゲームに入れこまないようにと思っているのは今後の不安からかもしれません。
実際にそれで何か収入を得られるようにはならないだろうなと思いますし。
そしてそんなふうに損得で判断している時点でそんなに自分にとって好きなことではないだけなんだろうなと思います。
実際に私は普段の生活のほとんどが生産性のなさそうな行動ばかりですから。
好きなことやもの、人等を見つけた人は人生の宝のようなものを見つけたのではないかと思います。

2016.09.27

朝の8時前に目覚めて二度寝して、11時30頃に体を起こしました。
約半日寝ていました。

今日はお昼前にお腹がすいていたら遠出して行ってみたい飲食店に行こうと思っていたのですが、お腹も空いていないし時間も時間だったので家にいました。
お腹がすいたらなにか作ろうと思ってレシピ本を見てメニューを決めて、必要な材料を確認していつでも出かけられるようにしていました。
のんびり過ごしてお腹が空くのを待っていたのですが、空いているか空いていないかわからない状態が続いていました。

そうこうしていると母が帰ってきて某ショッピングモールにコンタクトレンズを取りに行きたいから連れて行ってと言われました。
私はなんだか面倒で、行ってもいいけどショッピングモールには入りたくないと伝えました。
車の中で待ってると。
そしたら母が一緒に中で買い物したいとわがまま言ってきました。
私はかったるいからヤダと言ったのですが、なんだかんだで中に入ることになりました。
ただし別行動でとの条件付きで。

私はサンマルクカフェで待ち合わせの時間まで時間を潰すことにしました。
お腹が空いたので飲み物と一緒にやみつきドッグというのを食べました。
やみつきドッグのウインナーはわりとジューシーめで肉感がしっかりしていて確かにおいしいのですが、やみつきまではいかないかなという印象でした。
椅子に腰掛けて1時間半近くいたわけですが、今日は連日の運転疲れが残っているせいか怠くて横になっていたい気分でした。
隣の席の男女2人組の女性の方は頭に響くような大きさの声で話していて、やっぱり時間を潰すなら席の間隔が少し離れたお店がいいなと感じました。

待ち合わせ場所に行くと母は大量の荷物を持っていました。
家に帰り、テレビを観ていました。
それから夕食をとりました。
いなり寿司のせいか、夕食後は喉が渇いて仕方がありませんでした。

夕食の後も珍しく22時過ぎまでテレビを観ていました。
今日はいつもより多くテレビを観て思いました。
最近の私には情報力が欠けているなと。
何がしたいか考えても外部からの刺激がないとアイデアも何も思い浮かびません。
テレビの内容が面白いかどうかは別としても、何かヒントになるような事は得られるかもしれません。
本を読んでも自分が興味あると思うものしか手にしないわけですから多方面からのアプローチはあまりないわけです。
ネットは今度は情報が多すぎてわけがわからなくなりそうなので、少しはテレビを観てみようかななんて思っています。
プロフィール

nat225

Author:nat225
2016.02.15日にうつ病により退職。
2016.09.06に頑張らないで生きていこうと決めました。
好きな時に好きな事をしています。

カレンダー
08 | 2016/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

アクセスカウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。